こんにちは、じんさんです。
「喧嘩するほど仲がいい」――誰もが一度は耳にしたことがあることわざですよね。でも、最近は「そんなのただの幻想だ」という声もちらほら聞こえてきます。
確かに、衝突を避けて穏やかに過ごすのが理想という意見にも納得。でも、長年一緒に生きてきた夫婦や家族、親しい友人との関係には、それだけじゃ測れない深さがあるように思うんですわ。
じんさんの家でも、しょっちゅう小競り合い
うちなんか、しょっちゅう夫婦喧嘩ですよ。
特に、じんさんね、声が大きいもんだから…
本人は普通に話してるつもりでも、かみさんからすれば「大声で怒鳴ってる!」ってなるわけです。
そんでまあ、お互いヒートアップして、最後は
「もういい!」「もう話さない!」
ってなる。
でも面白いのはここから。
うちのかみさん、ほんと切り替えが早いんですわ。
5分も経てば、な~んにもなかったみたいに
「お茶飲む?」とか声かけてくれる。
いやぁ、ありがたい。助かる。
男って、いつまでも根に持ってグチグチするところがあるからね。
喧嘩は関心の裏返し:「仲が良い」の証でもある
じんさんが思うのはね、喧嘩って結局「お互いに関心がある」から起きるんですよ。
ほんとにどうでもいい相手だったら?
腹も立たんし、何か言われても「はいはい」で終わる。
無視していれば、そもそも喧嘩にもならんですわ。
つまり、喧嘩するってことは、相手に期待してるし、ちゃんと向き合ってる証拠でもあるわけです。
もちろん、やり方には気をつけなきゃいけない。
暴言とか、相手を傷つける言い方はダメ。
でもね、「喧嘩=悪」って決めつけるのも、なんだか違うと思うんですわ。
ことわざ「喧嘩するほど仲がいい」が示す深い意味
このことわざ、「喧嘩するほど仲がいい」っていうのはね、
本音をぶつけ合えるくらい、心の距離が近いってことを表してるんですよ。
確かに、毎回の喧嘩がいいとは言わんですが、
ぶつかっても関係が崩れないっていうのは、ある意味、絆が強い証拠でもあるんですな。
適度な衝突のなかにこそ、本当の理解や信頼が育つって、
じんさんはそんなふうに思います。
まとめ:喧嘩のあとに残る、あたたかい関係
「喧嘩するほど仲がいい」ということわざは、ただの慰めではありません。
本音を言い合える関係だからこそ、多少の衝突があっても揺るがない強さがあるのです。
もちろん、言いすぎたり感情的になりすぎないことは大切。でも、喧嘩をしたあとにまた笑い合える関係こそ、本当の絆ではないでしょうか。
日々のすれ違いの中にも、「この人とだからこそ話したくなる」――そんな思いを大切にしたいですね。
じんさんのひとこと
うちもそうですけど、長く一緒に暮らしてりゃ、そりゃあ言い合いもありますわな。
でもね、大事なのは「喧嘩したあと、またお茶を飲めるかどうか」。
それができる関係なら、きっと大丈夫。そんなふうに思うんですわ。
じんさんについて
じんさんは、70代の団塊世代。昭和・平成・令和と夫婦生活を歩んできた経験から、日々の暮らしに根ざした“じんさん流の和の知恵”を語っています。
「和ごころ手帖」では、ことわざの本当の意味や、昔ながらの人づきあいのコツなど、今に通じる知恵をユーモアまじりに発信中です。